中国茶、紅茶、日本茶、お茶のことをあれこれと。
国立天文台で茶の花を見た
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先日、国立天文台をふらりと歩いてきたのだが、その時に天文台内の生垣が茶の生垣であることに気が付いた。なぜ気が付いたかというと、ちょうど白い綺麗な花が咲いていたからだ。

最近ちょっと茶からも茶の木からも距離があったので、なんだかとても新鮮に思えた。

茶の花も、こうしてみると確かにツバキ科だなと思えるような形で、でも、その大きさが小さいのでとても可憐に見える。

この花を乾燥させて茶にするなんてこともされていたり、茶の花から取った成分が体にいいという話もあり、こんなに小さくて可憐でも、なかなかの使える奴!という感じだ。

こんな茶の花を見ていると、京都の建仁寺を思い出すのだが、そろそろ京都そぞろあるきなどもしたくなった。




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狭山散策
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香港茶荘老板さんのお誘いを受け、今日は一日狭山茶散策をしてきた。

香港茶荘老板さんは、昨年香港で知り合った一つ年下の男性で、台湾や中国を歩き回っている中国の達人。先日日本に数年ぶりに帰国して以来、おあいしましょ!いいつつ今日まで時間がたってしまった。

調布駅で待ち合わせをし、数回の乗り換えの後、入間へ。狭山茶の産地が中心地が入間というのも、なんだか不思議なきがするが、ここからWさんの車で前回彼が回ったのとほぼ同じ経路を回っていただいた。

茶園はすでに一番茶を摘み取り終え、すっかり裸になっていたが、それでもところどころ芽が残っていた。6月下旬の二番茶摘みのころには、また再び芽が大きく育つという。

すうっと伸びた茶の芽は、なんだかとてもすがすがしく感じた。
(続く)


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茶葉の表情
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茶葉をじっと眺めてみる。
いろんな表情を見せてくれる茶葉がある

そんな表情を眺めているのが、結構幸せだったりする
これは安吉白茶

あの数枚の茶葉や芽からいろんな形の茶葉が生まれる
本当に芸術的だ

だからお茶がやめられないのかもしれない




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春の梅家塢
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Photo by Rikoさん

Rikoさんが行ってきた杭州。普段ならこの時期すでに「分前」(春分前のお茶)をつみ始めているのに、なんと春分の翌日22日には杭州では雪が降ってしまったのだそうだ。

だから、まだ梅家塢では茶摘が始まっていなかったのだとか。

今年の龍井はかなり遅くなりそう。そういえば、もう6年ぐらい前にもそんなことがあった。清明節の直前に雪が降ってしまったので、よい龍井がとれずに、高騰したのだ。

こんな話を聞くと、改めて茶は農作物なんだということを思い出す。

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Photo by Rikoさん

この画像は、雪でやられてしまった龍井の新芽。こういうのをみると、普段あまりにも無造作にお茶を飲んでしまっていることを反省したりする。

ともあれ、おいしいお茶がとどくとうれしいなあ。



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ミッシングリンク 茶食と喫茶の間
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ふと思うことがある。人間はなんでも食べるけど、如何して茶葉は飲料がメインになったのだろうかと。もちろん茶菜や茶葉料理という奴はあるが、お茶=食べる葉っぱではないのが一般常識だ。もちろん、茶の起源にまで遡れば、茶は必ずしも喫茶と結びついてはいなくて、薬的な存在だったのだろう。

茶を飲んだ最初の人だと言われる「神農」は、茶葉を食べ、茶を飲んだといわれる。彼はさまざまな薬草を食べては茶で解毒したと言い伝えられているが、その際に取った方法は、茶葉をたべたのか或いは茶を飲んだのか。

薬の系譜ということで考えるのなら、そのままでは食べにくいので、煎じるという方法をとったのではないかと思うのだが、どうもそれも比較的時代が下がってからのようなイメージがある。

三国志に出てくる茶、あるいは、春秋戦国時代の茶は、むしろ「羹(あつもの)」であったといわれる。「羹にこりて膾を吹く」の羹である。つまり、羹=汁物=おすましという感じだったのだろう。椀のねたに茶葉が使われたということかもしれない。このころは、そういう意味では、茶の清飲はしていなかったのかもしれない。

茶葉を食べていたのが、羹になって、さらにそれを飲料としたのだろうか。この流れには、きっと擂茶とか打茶などという特殊な風習も参考になるのだろうが、今のこれらの習慣が何千年も前の風習をそのままあらわしているかということに関しては、ひどく懐疑的な向きもある。

それならば、ミエンなどにその姿が残っている漬物状の茶葉を食べることがメインだったのだろうか。酸茶などという風習が少し前まで雲南省にはこのっていたらしい。

これらの食べる風習が、飲む風習に変わってきた時に、いきなり茶葉を煮るのではなく、餅茶になっていたという不思議。

陸羽も茶経のなかで、さまざまなものと一緒に飲まれることをひどく嫌っている。茶の持つ本来の味わいや効果を減退させるという。陸羽は、茶そのものを飲むことを提唱した。しかし、すでに陸羽の時代には散茶もあったものの、王道は固形茶だ。

昔は茶葉が様々に食べられていた。それが何らかの理由で飲むという喫茶文化に移行し、その後はそれを中心に現在に至っている。製茶技術が生まれた背景に思いを寄せると、茶葉そのものを使うことから、飲む茶に適した製茶をほどこすようになった必要性、あるいは必然性がありあったのだろう。それが如何なる理由なり事情であったのだろうか。

そして食べる茶から飲む茶に移行してしまった時に、食べる茶の習慣はなぜ廃れてしまったのだろうか。生の茶葉を食べる習慣が、おそらくは、何らかの加工された食べる茶に移行し、その後茶葉を湯に抽出させて飲むことになったのだろうが、なぜ、早い段階で固形茶になってしまったのか。そして、そもそも、どのような理由で製茶技術がうまれたのだろうか。

食べる茶と飲む茶の間に確かにあっただろう、移行の理由。しかし、それは既に失われてしまったミッシングリンクなのだろうか。

茶葉そのもの ⇒ 羹 ⇒ 混合茶
         ⇒ 酸茶 ⇒ ミエン
         ⇒ 打油茶 ⇒ 擂茶
         ⇒  ?  ⇒ 製茶された茶葉 ⇒ 喫茶

製茶技術は、飲むお茶をよりおいしく指せるために開発されたのか、それとも,保存などを目的に加工が施されたのか?生茶葉から製茶され、飲むお茶が生まれた素地とはどんなものだったのか。そんな興味をめぐっておもいをあちこちにとばすのは大層楽しいことではあるのだが、いつか、このミッシングリンクは見つかるのだろうか・・・。







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お茶の木がほしい
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お茶まつりに行ったときに、ツインメッセでお茶の木を配っていた。以前、お茶の実からお茶を育てて失敗したことや、お茶の苗をそのまま枯らせてしまったことがあって、今回は、絶対育てるぞという決心とともに、やぶきたの苗をもらってきた・・・はずだった。

ところが、なんと、その苗を僕はホテルに忘れてきてしまったのだった・・・。
ちゃんともらったというのは、この(上の)証拠写真がある。にもかかわらず、朝、ホテルをチェックアウトするときに、洗面所で水をあげて、そのままおいてきてしまったのだった・・。 Oh my good!

それに気が付いたのは、家にたどり着いたとき。

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この茶の花は、グランシップの生垣。この花を見ながら、数年すると、こんな花が咲くぞ!なんて思ってたのに。しかも、この茶の木をもらったときに、見栄えが良くなるような剪定の仕方まで、ちゃんとおそわったのに・・・。

だから、いま、お茶の木がほしい。いつか、また青心烏龍の苗か実をもらってきて育てるぞ!




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茶の実を育てる
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これはお茶の実。ただし、日本の茶の木の実ではなく、台湾の品種「青心烏龍」。狭山の茶業研究所にある青心烏龍の木から取れたもの。縁あって、20粒ほど、僕のところへ回ってきた。

陸羽の茶経にもあるが、茶の実からお茶を育てるのは難しいといわれている。でも、素人が植えても芽が出ないわけではないとのことなので、トライしてみた。

b20040128-2.jpg酸性の土に一定の距離をおいて、実の大きさの3倍になる深さに植えれば良いということなので、自宅のプランターに植えた。最初の頃は、芽がそんなに早く出るわけも無いのに、まだかまだかと毎日のようにプランターを眺めていた。そして待つこと2ヶ月。待望の芽が出た。20粒植えたのに、残念ながら芽が出たものは5つのみ。

芽が出たときには、本当に非常に可愛い芽だったので、感動したものだった。「なんだちゃんと芽が出るじゃないか。」と思わず独り言。(笑)

しかし、残念ながら、植えた時期が悪かったのか、本葉が数枚出始めたころに、急激にしおれて、結局枯れてしまった。今でもとても残念に思っている。もし、あのまま成長していれば、そろそろ茶葉を収穫できるようになっていたのではないかと思う。

去年の秋に建仁寺で拾った茶の実がいま僕のオフィスの机の中に入っている。もう少し暖かくなったら、もう一度植えてみようと思っている。この茶の実から出る芽は、もしかしたら栄西が建仁寺に植えた木の子孫かもしれない。そんな楽しい夢を見るのも良いかもしれない。





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お茶の花
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お茶の花を初めて見たのは、どこでだっただろう。
我が家の付近には残念ながらお茶畑はない。車で圏央道を使って1時間ほど飛ばすと、そこはお茶所入間。いわゆる狭山茶の産地。そこに行くと、冬に白いお茶の花を見ることができる。

お茶はカメリアシネンシス。つまりカメリアだからツバキとおんなじ。したがって、花は冬に咲く。観賞用のツバキのように華やかではないが、小さな白い花は、その真ん中にツバキとまるでおんなじみてくれの「おしべ」と「めしべ」を発見できる。

白と黄色のそのコントラストは、なんとも見るものの心をほっとさせてくれる。常緑の葉と白い花。その組み合わせは、何気ない垣根などにあって、本来のもののような気がしてしまう。

そんな垣根の茶の葉は、京都の建仁寺にある。
祇園の喧騒をちょっと入った、そこだけ静寂に囲まれた伽藍の生垣に、白い花をつけているのだ。

冬の昼下がりに、建仁寺を一人散策しながら、これらの花をめでていると、ここを通り過ぎる人は残念ながらそんな花にめもくれていなかった。多分、そこにあって当たり前の日常のものとして茶の花があるからなのだろう。

こんなとき、ちょこっと、僕は、観光客と同じ目をしているのかもしれない。
が、お茶の花は、茶好きになっていらい、ついつい、目を向けてしまうのだ。

名古屋にある紅茶専門店リンアンの主人、掘田さんが雲南省を旅したときの写真を見せてもらったことがあったが、その中でもっとも目を惹いたのは、大きな雲南大葉種の茶葉の横にちょこんと咲いている茶の花だった。あんなに大きな茶葉を持つ茶の木の花が、思いのほか小さくて、とても印象に残っていた。

こんど、ちゃんと茶の実を育てて、是非自分の茶の樹に花をつけさせてみたいものだ。




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