
雑誌作成のために茶壺を引っ張り出してきて撮影。
本当は東方美人の記事を作成するはずなんだけど
今年はそういえばまだ東方美人飲んで無くて
茶葉がなかったために
取りあえず茶壺のみの撮影になった(笑)
既に我が茶蔵のお茶達は在庫が尽き始め
プーアル茶系と単叢系のお茶が数種類あるのみ。
プーアル茶系はなんか円盤崩すの面倒だし
まあ次回の雑誌で取り上げるとして
やっぱり東方美人だなと
早速蘭亭さんに注文した。
そういえば、去年のエコ茶会で2年続きの蘭亭さんの東方美人
おすそ分けしてもらったのは直ぐに飲んじゃったんだっけ。
10月のエコ茶会でまた藤原さんにお会いできれば
オススメのお茶がお聞きできるかな?
たまには茶壺使ってあげないと。

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のーとみさんがDRINKIN' CHA +で年始に「基本セットは変わらない」ということを書いていた。
実は、このところ僕の基本セットが大きく変わっているので、なんだかおかしくて一人でくすくすとわらってたんだよね。
僕の場合、以前は蓋碗と茶海に茶杯というのが基本セット。茶杯はFormosa Tea Connectionの薄い磁器製の手のひらにすっぽり入るぐらいの大きさのもの。
これで高山茶なんかを飲んでた。
ところが去年あたりから、お茶の嗜好が大きく変わってきてしまって、大陸系の焙煎の強めのお茶を多く飲むようになってきた。
この手の茶を飲むときに蓋碗でも、もちろん入れることが可能なのだが、でも、なんかちょっと強い。体が付いていかれない?!そんな感じなのだ。
そのときに、以前老地方茶坊で見つけて思わずオーダーしてしまった大き目の倣古壷を使って淹れたら、なんともやさしく美味しく入ったので、最近はもっぱらこればかり。
この倣古壷で淹れたお茶が、ちょうどロイヤルコペンハーゲンのマグ一杯分だということも判明。
それからはもっぱらこのセットばかり。
今もこれを書きながら、群体桂花単叢をこいつで飲んでいる。
なんだかこのところ老人茶という言葉が身にしみてくるのはなぜなんだろうか。
気持ち的には若いつもりなんだけれどねえ・・・。

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All Aboutに倣古壷の記事を書くために、「海風號」によってきた。
(記事はここ→「海風號で素敵な倣古壷に出会う」)
先日のだらだら茶会の際に、ちょこっと目を付けていた倣古壷があって、その素性とか、他にあるらしいとは聞いていたものすごい倣古壷なんかも、この際見せてもらえるとうれしかったりするのだと思っていたのだが、さすがに海風號、次から次へと、いろんなものが出現する。
扁平のものやら、ぷっくらしたものやら、様々な作家による様々なデザインのものがあれこれ。
「うちにはそんなに倣古壷ないんだよなあ」と申し訳なさそうにつぶやく設楽さん。
しかし、結局8つぐらいの倣古壷が並べられた。

やはり今海風號で一番高価な顧景舟の大作が目の保養にもなる。
これだけのものになると、もう美術品だなあ。
紅茶のポット級の大きさがある。
この倣古壷、結構ずんぐりとした形ではあるのだが、色がすばらしい。
一見黒のような、でも、じっくりと見ると群青色のような。
実際には着色された茶壷なんだそうだ。
反対側には歌が彫られているのだが、「この字がもっとよければ、倍の値段にはなったんだけどねえ」とちょっと残念そうな設楽さん。
だから、「写真に撮るときには、字が写らないようにね。」とのこと。

そしてもう一つ最後に出てきたのがこいつ。
細い銅線が茶壷の胴の部分に編まれている。
もともとは、割れた茶壷を修復した後、補強のために付けられたものだとか。
香港で2日ぐらいかけて編んでもらったものだそうだが、以前、似たような潮州壷を見たことがあった。
いまではこんなものを編める職人さんも少なくなっているらしい。
実際に、これを編んでくれた老人がやってた茶器店がこの正月休みにはなくなってしまっていたらしい。
他にも倣古壷ではないのだが、謎の茶壷の謎解き談話、一緒にいらした井上さんとともにすっかりと楽しんできた。
たまにはちゃんと訪問しないといけないお店である。

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普段茶壷はほとんど使わない。
それでも、思い出したように使う茶壷が5つほどある。
僕の場合、おそらく茶壷は5つあれば十分かもしれない。
そのうちの一つがこれ。
これは大きさと肌の感じが気に入っている。
作家モノだったのだが、あまり気にしてない。
どうせ茶壷は、僕にとっては使うもので、美術品ではないから。
これは、もっぱら岩茶用。
最近も、これで肉桂を入れた。
やわらかく、ふんわりと入る茶壷である。

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店に勢ぞろいしていた紫砂壺
水平壺はあまり好みではないのだが、
こんな風に並んでいいると
茶迷の心がくすぐられたりするから不思議だ
お茶は飲むだけでもういいと思っているのに・・・
(しゃおしゃん焙茶工房にて)

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冷たいお茶を楽しむのに、特別な方法はいらない。
どんな茶器でも、どんな入れ方でも美味しければそれでいいのだ。
ただ、ちょっとこだわってお茶を淹れてみると、
上等な気分になれることもある。
それはそれで、楽しいことでは有るのだ。
手のひら急須でアイスティーを楽しむ

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IBMの横にあるてんぷらやへ足を伸ばした帰りに立ち寄ったTキャット(箱崎エアターミナル)。これはそこにある。
ケースに入れられて展示されているこれは、椅子のミニチュアにしか見えないものだ。中国の宮廷家具のような、そんな見栄えの椅子のミニチュアは、確かにお店などに飾るには良いかもしれない。
が、しかしこれは、なんと「茶壺」なのだ。
椅子の座る部分が蓋になっており、椅子の前面についている龍の口の部分が嘴になっているのだ。
このような技巧的な茶壷は、一時期あちこちで作られていたようだが、お茶を飲む道具としてはどうなんだろう。何を意図して作ったのか?
実はここには様々な「奇妙な茶壷たち」が並んでいる。かばんの形の茶壷だの、ひょうたんの形のものだとか、この動物は一体なに?と思うような形のものとか。
個人的には、あまりほしいとは思わないのだが、茶壷つくりも多様性があって、面白いことはおもしろい。
なんで、この茶壷の画像を撮影したかというと、一緒にいた1496さんと凸ぷうさん、「どれかほしいもの」といったときに、僕と凸ぷうさんが選んだのがこれだったから。
残念ながら、他のはほしいとは思わなかった。うーん、やはり僕にとって茶壷は茶を飲む道具でしかないんだよね。

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ぶつぶつの地肌の対極にあるような茶壷。これは台湾の轆轤引きのもの。さらに表面を磨いて仕上げる茶壷も存在する。それはそれで、なかなかの風合いだ。それでも、個人的には、ぶつぶつが好み。
でも、なぜ、この茶壷を手放せないかというと、当時仲の良かったG氏にいただいたから。人からいただいた茶壷は、その人との関係が良いほど、どうしても手放せないものだ。残念ながら、今ではG氏は音信不通。どこで何をされているのかわからない。それでも、当時のGさんのお茶に対する情熱に感化されたから、いまの僕がいるのだから、G氏は僕にとって、いわゆる師匠のような存在なのだろう。

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