中国茶、紅茶、日本茶、お茶のことをあれこれと。
泡の効用
02
Nikon D200,

マレーシア風ミルクティー「テタレ」を応用し、中国紅茶や黒茶でミルクティーを。

AllAbout[中国茶]サイト
テタレ風に泡で美味しく


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水出し単叢
OREZZA+鳳凰単叢

メランジェの松宮さんと、水出しがあるんだから、炭酸水で水出しすると言うのもありよねと、話が弾んだ面白い出し方のお茶。で、早速いただきと、単叢でやってみた。もともとペリエとかは特殊な味わいがするので、出来る限り癖のない炭酸水を選ぶといいような気がするけれど、見てお洒落なボトルをアウトレットの食材屋さんで探してみた。

OREZZAというのがあって、それで単独で飲んでみたら、それほど癖もなく、これなら水出ししてもいいかなと。炭酸の強さも程ほどで、よさそうな気がした。

単叢は、6g。あまり多く茶葉を入れると、後味が苦くなるので、適量がいい。

こいつを冷蔵庫に放り込み、じっくりと寝かせる。翌朝お目座の良い伴に!(笑)。

All About [中国茶]
ちょっとお洒落なアイスティ


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お茶の味わいの表現方法
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お茶の味とか香りをどう表現するか。これはお茶にはまった人間だと、いろいろと考えたり悩んだりすることの一つだと思う。

比較されるのはソムリエ。彼らの世界では、ある程度類型化された香や味わいの表現法が確立しており、さらにそこに自分の感性を加える作業が行われる。一方、中国茶の世界では、なかなか味や香りの表現方法について、明快に説明してくれる人は少ない。

もちろん、中国では表現する手法としていくつかの言葉が存在してはいるが、中国で使われるそれらが我々日本人の感覚としてなかなかぴんと来ないのも事実である。

以前、こんな話があった。

「紫笋茶はたけのこの香がします」

この話を聞いたとき、頭の中は真っ白だった。笋の味。思い浮かんだのは、京都の料亭で出される若いたけのこの炭火焼きだった。そのたけのこはまるでコーンのような香ばしい香りがした。

紫笋茶がコーンの香がするわけがない。これは中国の煮たたけのこの香だそうだが、そんなもの、僕が知っているわけがない。

ちなみに紫笋茶がたけのこの香を発するのは、竹林に囲まれて育つからだというまことしやかな話があるが、そんなわけがない。紫笋茶の竹の子の字は、新芽の形状がたけのこのようだからである。

味や香の表現は、ついつい技術的表現になりやすい。中国茶を学ぶ者は、それを知っているべきではある。しかしながら、それをあたかも知識としてひけらかすように、一般の人に使うべきではない。何を言っているのか、全然わからなくて、「中国茶はむずかしいのね!」ということになってしまうからだ。

そのあたりのさじ加減を勘違いしないようにするために、いつも一般の人になりきってお茶を愉しむことも必要なのだろうと思う。僕が最近単なる茶のみおやじになっているのも、もしかしたらその辺に原因があるのだろうか。まさか、そんなわけはない。


All About [中国茶]サイト茶の味わいの表現
茶の味わいの表現2
茶の香りの表現


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ダブルクーリング
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昨日、迎茶でのーとみさんが飲んでいるのを、少しばかりくすねて飲んだ「アイス龍井」がとてもおいしかったので、貞重さんに聞き出して同じ作り方をしてみた。

少し濃い目に龍井を抽出して、ダブルクーリングで冷やすのがコツ。
このダブルクーリングというのは、二重に急冷すること。

ダブルクーリングをする理由は、紅茶のクリームダウンを避けるため。
氷をつかってファーストクーリングした後に、さらに氷の入ったグラスにお茶を注ぐ。


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それを手軽にやる方法が、コーヒーのロトを使う方法。
ロトっていうのは、いわゆるドリップだ。
ここに氷を入れて、濃く出したお茶を注ぐ。
下には、氷を入れたグラスを置いておく。

これで、手軽なダブルクーリングができるというわけ。
これは本当に便利。
たくさん作り置きをしておくのには向かないけれど、その場でちょっとアイスティーというときには、めちゃくちゃ優れもののやり方だ。

ということで、今日は龍井、東方美人、ダージリン、凍頂烏龍、文山包種茶などをいろいろと試している。
昨日、のーとみさんがかめきちさんから聞いたという、東方美人と文山包種茶のブレンドというのもおいしいのだが、これは、また別に(というか、きっとのーとみさんが書くだろうね。)




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モンゴル[女乃]茶
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西蔵のバター茶とモンゴルやウイグル地区の[女乃]茶というのは、とても興味深い。もうずいぶん前になるけれど、FTEAのイベントで西蔵のバター茶を雲南の磚茶で作ったことがあった。バターはギーが当時入手できなかったので、生クリームを振って手作りバターをつくってそれに塩を足して作った。

モンゴルの[女乃]茶は、内モンゴルと外モンゴルだと微妙に違うのだと工藤佳治氏に教わったことがあったが、いまだ本場は未体験。

でも、それに類似するものを入手したことがあった。この画像にある「伊利 [女乃]茶粉」がそれ。これはいわゆるインスタント[女乃]茶なのだ。

内モンゴル仕様になっているらしく、「内蒙特産 民族風味」と書かれている。実際にこれを作っているのも「内蒙古伊利企業集団」というところだ。

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袋をあけると、こんなやや茶色味かかった色の粉が出てくる。原料は牛乳、青磚茶、精製食塩。つまりミルクの粉と茶の粉と塩で出来ているらしい。粉の匂いをかいで見ると、赤ちゃん用の粉ミルクとまるっきり同じような匂いがした。ややべたべたした感じがするのは、日本の湿気のせいか。

どこでもいつでもモンゴルのミルクティーが楽しめるように携帯用に作られたのだと「産品説明」に書かれているが、粉:湯=1:8の比率で湯をまぜるだけで出来あがりという代物。

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実際につくってみると、そのままだと確かに普通のミルクティーだ。ちょっと匂いが変なのは、赤ちゃん用の粉ミルクのかおりたっぷりだからだろうか。

一口飲んでみると、結構しょっぱい。うーん、ミルクティーは甘いものという先入観が邪魔をして、なんとも奇妙なものとして感じてしまう。あまり茶という印象は受けない。

このお茶を飲んで思ったのは、もう30年以上前に小学校の給食で飲んだ脱脂粉乳の味。今の若い人はどんなものだかわからないだろうけど、アルミのボールに入れて出された脱脂粉乳の味。懐かしいけど、美味しいとは思わない、そんな味わいのお茶であった。やはり本物を飲んでみたいものだ。



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水の影響
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お茶を淹れるときに影響を受けるものとして、必ずあがるのが水。水の質によって茶の味わいが変わるのは、至極もっとものな事だ。なにしろ、茶湯の成分のほとんどが水分であるからだ。

ところが、問題となるのは、多くの場合、「軟水」か「硬水」かということになってくる。軟水か硬水かの基準は、水に溶けているミネラル成分。で、この硬水か軟水かという違いで何が問題なのかというと、茶葉から抽出される成分の水(湯)に溶け出す度合いが、ミネラルの含有によって異なってくるという点なのだろう。

たしかに、硬水の方が一般的には茶葉の成分が溶け出しにくく、同じ時間だけ茶葉を浸していても、茶の色が薄い場合が多い。茶の科学も多くの場合、この点に触れる。

にもかからわず、軟水硬水の飲み比べをする人たちのコメントとして多いのは、この茶が飲みやすかったかどうかという点なのだ。つまり、「硬水で淹れたお茶は、なんとなくリリカルで、硬水独特の硬さがあって、結構口にあった」とか、「軟水だと、なんとなく、ふんわりとして、やさしい感じだった」というのが多いのだ。

これは硬水軟水の茶葉成分の抽出力の問題ではなく、そもそもの水の性質によるところの問題なのではないかとおもうのだ。

つまり、そもそもの水質が、その茶葉の成分と融合して、茶湯となったのちも、その水にもともと含まれている化学成分が大きく味わいに影響を与えるということなのではないかと思うのだ。

たとえば、鉄分の多く含まれた茶は、なんとなく丸くなるということがいわれる。これも、鉄分がタンニンと融合して色は悪くするが、逆に渋みの成分タンニンと反応するので、渋みが緩和される。また、硬水の水に多く含まれるカルシュウム分は、時として茶の成分と融合する場合もあるらしい。

したがって、茶に適した水というのは、まずは、そのままでおいしいかどうかというのも重要な要素ではないかと思う。

ただし、水のまま飲んでおいしい水が必ずしも茶を淹れると茶と合わないということもあるから、水の世界もとても奥が深い。

いまだ良くわからないのは、なぜ酸素を多く含んだ水が茶に適しているかということ。汲み置きの水でも十分茶はおいしく入るし、ジャンピングさせる必要のない中国茶に水の中の空気の含有量が味に大きく作用するとは、あまり考えにくいのだが・・・。

まだまだ、水に関する探究は大きな興味の対象である。




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何故泡はお茶をクリーミーにするのか?
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この話題は、ものすごく前にNiftyの茶の文化フォーラムでも話題になったことがあった。「何故、泡はお茶をクリーミーにするのか?」なぜこのような疑問が生まれたかというと、以下のような事象が掲げられた。

 ・ 抹茶を立てる時に、泡だったほうが飲みやすくなる。
 ・ ミルクティーを作る時、沸騰寸前まで暖めて泡を作るほうが飲みやすい。
 ・ テ・タリッ(マレーシアのミルクティー)は、いやというほど泡立てる。

たしかに、これらはいちいちうなずけるのだ。例えば、ティーバッグでお茶を入れて、そこに砂糖とミルクを入れてみると分かりやすい。これを単にスプーンでかき混ぜただけのものと、テ・タリィのように容器に入れてなんども別の容器に高い位置から移して泡立てたものを飲み比べるのだ。これが同じお茶かと思うぐらい、全くべつもののやわらかくクリーミーなお茶になる。

抹茶の場合もしかり。細かい茶筅で沢山泡を作ったほうが、抹茶の苦味がなぜか緩和される。これは完全にカフェオレと同じ原理なのではないか。

例えば、スタバなどに行くと、カフェオレは、泡立てたミルクにコーヒーを入れてくれる。スペインなどでも、カフェコンレーチェをオーダーすると、ミルクとコーヒーを高い位置からカップに注ぎ込んで泡立てて出してくれる。

したがって、この泡というものが、ショックアブソーバーのようなそんな役割をはたしてくれているのだろうか。泡の正体は空気。空気を混ぜると水も美味しくなるといわれるが、なぜ、空気の粒が沢山混ざっていると、味わいが柔らかくなるのだろうか。

泡は気体クッションにより空間をつくり、味の成分が味覚に直接濃厚に当たらないようにするとともに、口当たりを柔らかくする効果をもっているというのが、いまのところの科学的な説明のようだ。だから、泡が消えにくいものの方が(つまり沢山泡だったほうが)、柔らかい味になるということらしい。

泡といっても、結構おくが深いらしい。






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蓮華マジック
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お茶の香りを楽しむとき、多くの人は聞香杯を使うと思う。もちろん、これが無くても茶杯の残り香で、十分香りを楽しむことができる。

最近、ことある毎に出会うのが、蓮華。恐らく台湾の茶農などが、手軽に香りを確認できるということでやり始めたのではないかと思うのだが、普通のご飯茶碗に茶葉とお湯を入れて、蓮華の裏側で香りを楽しむことができる、なかなか楽しいやり方なのだ。

手軽だし、気取ってないし、このやり方なら、どこででも楽しめてしまうのが嬉しい。

たぶん、日本でこのやり方をしているお店に最初に出会ったのは、三宝園だったと思う。阿里山の茶農出身の春子さんが、持ちかえったばかりのお茶を、こうして試飲させてくれた。

蓮華の裏側の香りは、聞香杯よりも早く拡散してしまうのだが、広がりのある香りが楽しめる。慣れないと、蓮華についた茶をだらだらとこぼしてしまうのだが、それでも、この蓮華からたち上がる香りは感銘を受ける。

ただし、一つだけ注意が必要な部分があって、それは蓮華の底の形と素材。日本で売られている多くの蓮華は、底が平らで、上薬がかかっていない。これだと香りが揮発しにくいのだ。出きれば、底の形状は緩やかに丸く、上薬がかかっているものを探す必要がある。

なかなか日本では出会えずに、台湾へ行く友人に探して欲しいとお願いしたりするのだが、気に入ったのに出会えずにいる。竹里館のスタッフAさんが使っている蓮華、これが優れものなので、彼女が台湾に行く時にでも密かに、「買ってきて」とお願いしようかと思っている。

蓮華マジック、一度試してみて欲しい。




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湯をかける行為
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お茶を入れる時に、茶壷に湯をかける。多分中国茶独特の煎れ方だと思う。今時ではあまり言われなくなったが、以前友人に「おまえ中国茶好きなんだってな。あの急須に湯をかけるやつだろ」と良くいわれたものだ。

なんとなく、中国茶を淹れる一連の作業の中で、この湯をかける行為というのは「独特」の行為で、個人的には面白いとおもっているし、多分おいしく淹れるやるかたとして、これからも続けるんだと思う。

がしかし、茶壺の上から湯をかける効果の真偽は、本音ベースではちょっと疑問に思っている。

真冬の冷え切った室内で茶を淹れるのなら、湯をかける行為はそれなりに意味を持つかもしれない。案外湯は冷めやすいものだ。だけど、普通の室温で、茶器をきちんと暖め、沸騰した湯でお茶を淹れる場合、保温効果を増すために上から湯をかけることが、どれほどの効果を発揮するのだろう。

湯を入れてから茶を注ぐまでの時間なんて、ほんの1分程度の時間。茶壺は保温性が磁器などに比べて優れているので、熱湯を使えば急激に温度が下がるということはそうそう考えられない。それに多くの紫砂の茶壷の場合は、一定の厚みをもっているので、断熱性もあるはずだ。

例えば紅茶の煎れ方には、キルトなどで作られたポットをすっぽりと包めるTEA COSYというもので保温をする。考えるに、紅茶の場合は、ポットが大きいので空気に触れる面積が大きいため温度低下が早い、ポットの素材が磁器であることから、保温性が低い、紅茶は蒸らし時間が中国茶よりもはるかに長い。したがって、このような保温策はたしかに効果がある。

日本茶の場合は、中国茶と似たような素材の急須を使うが、そもそも緑茶なので、高温ではほとんど淹れないので、ポットの保温策は全く考えられていない。

もちろん、湯をかけたほうがより保温性が確保されるだろう。だけど、こんな短い時間でそんなに急激に湯の温度の低下があるとは思えない条件の中で、あえて湯をかける行為をすることは、なんだか味わいや香りの面では無だな行為なのではないかと思えてしまう。(一度Tokyo中國茶倶楽部で取り上げてみよう。)

いったいいつごろから、こんな湯をかける行為が行われてきたのだろう。潮州工夫茶のやり方だと、茶壷そのものを湯につけてしまう。ずうっと飲みつづける場合には、とにかく湯をふんだんに使い、常に茶壺を冷めないようにする。ここまですれば、多分意味があるのかもしれない。でも、僕たちが普段やっている淹れ方では、効果はいかほどのものか。

と、いままで批判的なことを書いてきたが、冒頭に書いたように、僕はこの「湯をかける行為」は結構気に入っている。味わいや香りの面で科学的にそれほどの意味を持たないものであっても、多分僕にとって湯をかける行為は、湯を注ぎながら「美味しくはいれ」と念じているのと同じような、そんな意味合いの行為なのかもしれない。

だから、「なんで湯をかけるのですか?」と聞かれた時、僕が「おいしく淹れるため」とこたえるのは、おそらく中国茶の講師という肩書きを持った方々とは、かなり違う意味合いの答えなんだとおもう。

でも、そういう非科学的な部分って、結構大事なんじゃないかな。




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Tea Note
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ティーノート。書き始めてもうどのぐらいになるだろう。その時々で飲んだお茶の感想や茶殻、パッケージなどを張りつけたり、時には写真やメモ、お茶を飲んだ茶館のshopカードなどでうもれたそのティーノートは、僕のお茶遍歴そのものという様相を呈していた。

でも、ふときずくと、このところそんなティーノートのページが真っ白なまま。中国茶に飽きた?そんなことはない。ではなぜ?それは多分、自分の中での興味の対象が、「お茶を飲む」から「お茶を味わう」に変化したからではないかと思う。香りや味わいは、どうやってもノートには写し取れない。いろんな言葉を重ねても、どうしても空回りしてしまう。ならば、五感をフルに発揮して、その記憶を自分の中に留めておこう。そう思ったから。

昨年7月から仲間とはじめた品茶會。Tokyo中國茶倶楽部という名前でいろんなことをやってきた。これからもいろんなことをやっていくけど、この會の記録だけはきちんと留めておこうと思っている。それは、普段お茶を飲むときとは明らかに違う観点でお茶を飲んでいるから。

普段、お茶を楽しむときには、余計なことを考えずに、お茶と向き合ったり、友との語らいを楽しみたいと思うこの頃。





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