中国茶、紅茶、日本茶、お茶のことをあれこれと。
ダージリニストの憂鬱
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自称、ダージリニストと名乗っている以上、インドの紅茶「ダージリン」は切らしてはならない。ダージリニストは本来ならセカンドフラッシュ、つまり夏摘みの一番メリハリの利いた時期に摘まれるダージリンを好むのが通だといわれるのだが、僕の場合、なぜかオータムナル、つまり、秋摘みのお茶が大好きなのだ。

秋摘みのお茶が好きになってしまった元凶は、すべて、ダージリンハウス「リーフル」のせいである。ここで、チャーモン農園のオータムナルのおいしさに衝撃を受けてしまって以来、ダージリンといえば、「=オータムナル」というぐらい、僕の頭の中は、オータムナル一色になってしまった。

b20040131-2.jpgそして、いまちょうどオータムナルの季節である。リーフルからはおいしいオータムナルのサンプルがいくつか届いた。どれもおいしい。とくに、今年はマーガレットホープのチャイナスペシャルがかなりいける。これはなんとしても飲まなければいけない。

がしかし、 100g 5,000円と、リーフルのお茶のなかでもダントツに高いのだ。なんとしても飲みたい。ところが一方で、この季節は、おいしい安渓鉄観音秋茶、高山茶冬茶、そして凍頂烏龍冬片、鳳凰単叢雪片など、おいしいお茶が目白おしなのだ。一応、中国茶ガイドとか、品茶会の代表とか、後はどうでもいいような肩書きだが、中国茶フリークなんかを自称している手前、中国茶が最優先である。

そうなのだ、この時期の憂鬱は、おいしいオータムナルに手が出ないということなのだ。飲むべきか飲まぬべきか。しかし、今年はあきらめるしかない。なにしろ、これからおいしい安渓鉄観音の山のように届くのだ。だれかおいしいオータムナルを分けてください!






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安渓鉄観音の底力
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通常、青茶の茶葉はちぎれていてはいけない。これは特に手摘みの台湾烏龍茶の常識だ。しかし、本当にそうなんだろうか?たしかにちぎれていることによるデメリットは計り知れない。さまざまな雑味が湯に抽出しやすくなってしまうから。

特に、発酵の軽い茶葉に[火共]焙を強くかけることによる茶の破壊は、致命的で、香港などで入手できる昔風の安渓鉄観音などは、発酵がしっかりしている。

さて、最近安渓鉄観音の上質なものを飲む機会に多く恵まれているが、その多くが茶葉のふちにかけてよれよれにちぎれているものが多いのを見かける。明らかにきれいに茶葉が復元する台湾茶とは違う。

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良質というのに、茶葉がちぎれている?そう思われるかもしれないが、じつは、こと安渓鉄観音においては、この地切れがあるからこそ、本当の味わいが抽出されることになる。

この茶葉の千切れは、非常にきつく包揉されることによっておこってしまうのだが、これほどまで強く揉捻されなければ、このような味わいは生まれてこない。

だから、ここでは、茶葉がきれいであることは、かならずしも良いお茶の条件にはならないのだ。

もし、良い安渓鉄観音を飲む機会に恵まれたら、是非機械摘みの茶葉と比較してみてほしい。あきらかにその千切れ方には相違がある。安渓鉄観音の味わいの奥底に潜むこの地切れによる味わいの妙は、台湾烏龍茶には見出すことができないもの。だからこそ、これほどまでに、僕は安渓鉄観音に惚れているのかもしれない。







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湯をかける行為
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お茶を入れる時に、茶壷に湯をかける。多分中国茶独特の煎れ方だと思う。今時ではあまり言われなくなったが、以前友人に「おまえ中国茶好きなんだってな。あの急須に湯をかけるやつだろ」と良くいわれたものだ。

なんとなく、中国茶を淹れる一連の作業の中で、この湯をかける行為というのは「独特」の行為で、個人的には面白いとおもっているし、多分おいしく淹れるやるかたとして、これからも続けるんだと思う。

がしかし、茶壺の上から湯をかける効果の真偽は、本音ベースではちょっと疑問に思っている。

真冬の冷え切った室内で茶を淹れるのなら、湯をかける行為はそれなりに意味を持つかもしれない。案外湯は冷めやすいものだ。だけど、普通の室温で、茶器をきちんと暖め、沸騰した湯でお茶を淹れる場合、保温効果を増すために上から湯をかけることが、どれほどの効果を発揮するのだろう。

湯を入れてから茶を注ぐまでの時間なんて、ほんの1分程度の時間。茶壺は保温性が磁器などに比べて優れているので、熱湯を使えば急激に温度が下がるということはそうそう考えられない。それに多くの紫砂の茶壷の場合は、一定の厚みをもっているので、断熱性もあるはずだ。

例えば紅茶の煎れ方には、キルトなどで作られたポットをすっぽりと包めるTEA COSYというもので保温をする。考えるに、紅茶の場合は、ポットが大きいので空気に触れる面積が大きいため温度低下が早い、ポットの素材が磁器であることから、保温性が低い、紅茶は蒸らし時間が中国茶よりもはるかに長い。したがって、このような保温策はたしかに効果がある。

日本茶の場合は、中国茶と似たような素材の急須を使うが、そもそも緑茶なので、高温ではほとんど淹れないので、ポットの保温策は全く考えられていない。

もちろん、湯をかけたほうがより保温性が確保されるだろう。だけど、こんな短い時間でそんなに急激に湯の温度の低下があるとは思えない条件の中で、あえて湯をかける行為をすることは、なんだか味わいや香りの面では無だな行為なのではないかと思えてしまう。(一度Tokyo中國茶倶楽部で取り上げてみよう。)

いったいいつごろから、こんな湯をかける行為が行われてきたのだろう。潮州工夫茶のやり方だと、茶壷そのものを湯につけてしまう。ずうっと飲みつづける場合には、とにかく湯をふんだんに使い、常に茶壺を冷めないようにする。ここまですれば、多分意味があるのかもしれない。でも、僕たちが普段やっている淹れ方では、効果はいかほどのものか。

と、いままで批判的なことを書いてきたが、冒頭に書いたように、僕はこの「湯をかける行為」は結構気に入っている。味わいや香りの面で科学的にそれほどの意味を持たないものであっても、多分僕にとって湯をかける行為は、湯を注ぎながら「美味しくはいれ」と念じているのと同じような、そんな意味合いの行為なのかもしれない。

だから、「なんで湯をかけるのですか?」と聞かれた時、僕が「おいしく淹れるため」とこたえるのは、おそらく中国茶の講師という肩書きを持った方々とは、かなり違う意味合いの答えなんだとおもう。

でも、そういう非科学的な部分って、結構大事なんじゃないかな。




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茶の実を育てる
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これはお茶の実。ただし、日本の茶の木の実ではなく、台湾の品種「青心烏龍」。狭山の茶業研究所にある青心烏龍の木から取れたもの。縁あって、20粒ほど、僕のところへ回ってきた。

陸羽の茶経にもあるが、茶の実からお茶を育てるのは難しいといわれている。でも、素人が植えても芽が出ないわけではないとのことなので、トライしてみた。

b20040128-2.jpg酸性の土に一定の距離をおいて、実の大きさの3倍になる深さに植えれば良いということなので、自宅のプランターに植えた。最初の頃は、芽がそんなに早く出るわけも無いのに、まだかまだかと毎日のようにプランターを眺めていた。そして待つこと2ヶ月。待望の芽が出た。20粒植えたのに、残念ながら芽が出たものは5つのみ。

芽が出たときには、本当に非常に可愛い芽だったので、感動したものだった。「なんだちゃんと芽が出るじゃないか。」と思わず独り言。(笑)

しかし、残念ながら、植えた時期が悪かったのか、本葉が数枚出始めたころに、急激にしおれて、結局枯れてしまった。今でもとても残念に思っている。もし、あのまま成長していれば、そろそろ茶葉を収穫できるようになっていたのではないかと思う。

去年の秋に建仁寺で拾った茶の実がいま僕のオフィスの机の中に入っている。もう少し暖かくなったら、もう一度植えてみようと思っている。この茶の実から出る芽は、もしかしたら栄西が建仁寺に植えた木の子孫かもしれない。そんな楽しい夢を見るのも良いかもしれない。





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モロッコミントティー
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アフリカ大陸の一番北の先端に、憧れのモロッコがある。10数年前から、アフリカならモロッコとエジプトだけは行って見たいと思っているのだが、なかなか機会がない。もちろん、行く努力はしているのだが・・・。例えば、10年と少し前の新婚旅行。スペインを回ることに決めた際に、ついでにモロッコとポルトガルも一緒に回ることを考えて、ツアーを申しこんだのだが、12月という季節の関係もあり、ツアー自体が実施されなかった。

モロッコといえば、モロッコミントティー。モロッコにここ数年毎年通っている京都の茶荘、ラ・メランジェのオーナー松宮さんに、本場の作り方を伝授してもらった。もちろん、現地で使われている緑茶(これは中国産のガンパウダー)とフレッシュなミントを使ったやり方。

ミントのすばらしい清涼感と、ガンパウダーの渋み、そして砂糖の甘さが非常にマッチした、おいしいお茶だった。一度のんで、すっかりこのミントティーに嵌ったのだが、なかなか本場の味を再現してくれるお店が日本にはなくて、ついつい、ミントティーといえば、松宮さんの作ったものということになってしまう。

ところで、このガンパウダーだが、中国では珠茶。浙江省で作られる緑茶でくるくるとまるまって、あたかも銃の火薬のようなので、ガンパウダーと物騒な名前がついた緑茶である。最近ではテロや民族紛争の関係で、さすがに現地にガンパウダーという名前では輸出されなくなり、「中国緑茶」と書かれたパッケージになっている。

b20040127-2.jpg ところが、この珠茶、本当にいろんなクラスのものがあり、上級のものだと、非常に綺麗な光沢をもった小さな粒なのだが、低級品になると、これがガンパウダーか?とおもうほど、その粒もおおきく、きちんと丸まっていない。

最近では茶を扱う企業が民営化され、独自パッケージのものを販売されているそうで、そのバリエーションがまた楽しい。

日本では、日本の緑茶があるために、なかなか中国緑茶が浸透しないが、世界の各地では、こうして中国緑茶が文化のなかに根付いている国もあって、なんだかとてもおもしろい。

また、京都へ行くときには、松宮さんにミントティーを作ってとおねだりしてしまいそうだ!




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最高の最高
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昨年の暮れにMen's EXという雑誌に「最高の最高」という特集が組まれ、僕も参加させてもらった。そのときの「最高の最高」として選んだのは、「普段一般の人も入手できて楽しめるお茶の中の最高の最高」というコンセプトだった(他のページを見たら、「うっそだろ!こんなの普通の人は入手できんぞ!」というものもあったが、それはまた別のお話・・・。笑)ので、梨山高山茶を紹介させてもらった。

がしかし、近年飲んだお茶の中で、本当に最高の最高を掲げよといわれたら、ためらいなく「賽茶王」を選ぶだろう。安渓鉄観音のなかでも茶王中の茶王と呼ばれる賽茶王。素性は良くわからないが、普段入手ができないほど、それこそ「ぶっとび」の値段がついているという。

こんなお茶を、このところ毎年2回、楽しむことができるという名誉に預かることができた。

b20040126-1.jpgなにしろ、何煎も楽しめて、そのボディーがぜんぜん落ちない。もちろん、香りも味もその表情を刻々と変えて、7煎目ぐらいからようやく、落ち着いて本領を発揮するモンスター。

生茶(ポーレイの生茶とはちがう)と呼んでも良い、発酵の軽さと[火共]焙の軽さ。独特の酸味と甘い香り。人を酔わせる華やかで妖艶なその味わいは、「最高の最高」という称号こそ、ふさわしい。

茶王と名の付く安渓鉄観音は、いろいろと出回っているが、まだこの賽茶王以上の安渓鉄観音に出会ったことはない。それほど、すばらしいお茶である。

が、こんなお茶と出会ってしまうのは、いうなれば不幸でもある。これ以上のお茶と出会う機会は、おそらくほとんどないだろう。でも、入手できない。これこそ「高嶺の山」なのだ。普段飲んでいるコストパフォーマンスの良い、香りの素敵な安渓鉄観音を味わいながら、年に2回のこの至福の日を心待ちにしている、今日この頃だ。






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瓜子の小道具
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お茶請けの代表格、瓜子。

かぼちゃの種、ひまわりの種、そしてスイカの種。ついついやめられなくなって、人目も気にしないで歯に加えばりばりと種の殻を割り中の実を出す。「奥歯でこうやって割るのが、本場のやり方よ」とずいぶん前に、北京の李さんに教えてもらった記憶がある。

この種類。中国茶なら緑茶に特にマッチしている。あまりしょっぱくなくて、ほんのりと香りつけしてあるのが良い。最近見かける烏龍茶や緑茶で味付けしてあったり、殻の周りに緑茶パウダーが噴霧されているものなど、いろんなものがあるが、やはりこの手のものはシンプルが一番。

ところで、この瓜子、割るのが結構難しい。李さん直伝の奥歯で割るやり方は、いまだにマスターできない。僕のやり方は、前歯でたてにした瓜子をくわえ、そうっと力を加えていくやり方。結構うまく割れるが、前歯なだけに、疲れる作業だ。

先日、この瓜子を割るはさみ?をもらった。見た目はさみなのだが、非常にうまくできている。はさみのように見えるが、指をかける方がぱかっと開く。反対側の先端が閉じているのだ。梃子の原理から考えて、一番奥のくぼみ(指と反対側の先端の方)に、瓜子を立てにはさみ、徐々に力を入れると、きれいに殻を割ることができた。

春になって、緑茶の品茶会やお茶会に顔を出すときには、このはさみ、そうっとポケットに忍ばせておこうと思っている。




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世にも奇妙な・・・
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このお茶は、いわゆる「柚子茶」と呼ばれるものである。どうやら中国の柚子は日本のものよりも大きくて、これなどはかぼちゃぐらいの大きさがある。ゆずというよりも巨大な夏みかんという感じだろうか。

この柚子をくりぬいて、福建省の青茶を仕込み、また蓋をして、縄でぐるぐると結わえて、いぶして放置されるとこのお茶の出来上がりである。

中のお茶はしっかりと固形になっていて、アイスピックでつつかないと崩れてくれない。

みかんの皮を干して寝かせたもの。これは漢方薬としても珍重される「陳皮」だが、柚子の皮もおなじような効果があるのだろうか。その皮の部分も一緒に崩して飲むと良いらしい。

もう6年ぐらい前、茶藝楽園の陳老師のお話をお聞きしたときに、陳皮を一緒に陳年茶に潜ませておくと良いと聞いた。もちろん、数年後に陳皮と一緒にいただくと最高なのだとか。

このお茶を、今年の3月に崩そうとおもう。のーどみさんも呼んで、普シ耳茶の品茶の時に、飲み比べしてみるのも面白いかもしれない。




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黒茶か緑茶か
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ポーレー茶。そもそも、この茶は、緑茶の集積地であった雲南省の普シ耳(プーアール)という土地の名前を取ってつけられたもの。ここに集まるお茶の総称であり、おそらく昔は確実に緑茶を指したに違いない。

そもそも、普シ耳茶は、雲南省の緑茶を運搬しやすいようにお碗型、レンガ型、円盤型に固められたものだったはず。ところがいつの間にか、歴史の中で産地に長い間放置されたお茶が持てはやされるようになり、現在のような黒茶に変化していったものではないかと思う。

普段、日常の中で口にくるポーレー茶は、熟茶。これは確実に後発酵させているので、黒茶の分類に入れることができるであろうが、雲南省の緑茶を蒸して固めたものが数年たって日本に入ってきたものは、確実に緑茶の分類に入れるべきお茶である。これが生茶といわれているのも。

写真のお茶は、55年物の熟茶だった。すでに飲み終えて手元にはない。茗心坊の林さんが来日したときに、自分用に飲んでいたお茶を僕にくれたものだった。熟茶といいつつ、緑茶の表情を残したほうじ茶のような、お茶だった。おいしかった。

熟茶にも生茶にも、それぞれの味わいや魅力があることは、ポーレー茶で触れたとおり。で、ここに書いたことの延長として、別のお茶だと認識すると、また違った見え方がしてくるかもしれない。

緑茶は劣化が早いので、なかなか陳年茶とすることはしないが、いわゆる生茶は普シ耳緑茶の陳年茶ではないか?ならば、緑茶だって陳年茶にしてはおかしいことはないし、まして、陳年に耐えうるように、焙煎をしても決してだめだということはないはずだ。

のーとみさんが絶賛した香りを持つしゃおしゃんの千年古茶青餅が、その典型だろう。このお茶を飲むと、頭のてっぺんが軽くなる。僕の場合、茶を健康に結びつけるアプローチはとらないので、普段はダイエットとか、花粉症に効くとかは決していわないが、こと、このお茶だけは、なんだか、体に効く。こういうお茶も、世の中にはあっていいのだ。

体をリラックスさせたいときには、本当にうれしいお茶である。



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五指山紅茶
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僕の場合、紅茶=インド・スリランカとなる場合が多い。中国紅茶の中で好きだと思えるのは、それこそ極品のキームンと[シ眞]紅金毫、それに羨陽雪紅ぐらいだ。やはりダージリンの香りのすばらしさには、多くの紅茶がかなわない。

でも、中国紅茶の多様性には多いに惹かれるところがある。日本ではほとんど紹介されることがないのだが、中国紅茶の数は、めちゃくちゃ多い。去年東京中國茶倶樂部で30種類ぐらいの中国紅茶を品茶したのだが、中には、江蘇省の人のために福建省で作られた紅螺春なんていうのもあって、なんとも面白かった。

名前だけはまえまえから聞いていた紅茶に「五指山紅茶」がある。海南省(海南島)の南部にある最高峰五指山(1,867m)の山麓で作られる茶。この五指山茶区は、広東省だったころから分級紅茶がメインに作られてきた土地柄であり、海南紅茶の名前は、広く知れ渡っているのだが、実物を見たことが無かった。

文献などによると、3~4月と6月~7月に作られるらしい。さすがに南のお茶だ。茶葉は綺麗に揃っているので、紅茶の世界で言うところのオーソドックス製法によるお茶というところだろう。

五指山で作られるお茶の原木は、アッサムを移植したのだとか、ハイブリッドだとかいろんな話しがある(多分英徳当たりの紅茶と同じ品種ではないかと推測するのだが、どうだろう。英徳の品種は、アッサム系の茶樹を基本に品種改良されているので、その意味ではハイブリッドになるのかもしれない。)。そのためか、実際に入れてみると、鮮やかなオレンジ色の水色のお茶で、なかなかに味わいのしっかりした紅茶だった。

このお茶を送ってくださったのは、薬膳アドバイザー・食文化研究家であり中国茶のナビゲーターでもある青柳敬子さん。青柳さんは、僕が通っていた中国茶サロンの先輩でもある。




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樟樹湖
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最近ちょこっとだけ台湾高山茶の「樟樹湖」に興味がある。それほど多くの樟樹湖を飲んだわけではないけど、「こいつなかなかやるジャン」という感じがする。もちろん、個人的に好きな台湾の烏龍茶は、ダントツで梨山系のお茶。これだけは「今年の大禹嶺はおいしいよ!」とか「いやあ、杉林渓でしょ」などといわれようが、これだけは譲れないのだが、最近いろいろとニューフェイスにお目にかかる中で、清々しい馥郁たる香りがあなどれない。

梨山一体の茶園の場合、ボディーがやや強い福寿山を別にして全般的には優しいお茶という印象がある。一方で、この樟樹湖は阿里山系列の茶園だが、どちらかというと「梅山」に連なるのお茶の独特の味わいがはっきりと出ている。しかし、一方で、その清清しい香りと微妙にのこる甘味が結構ツボをついているという感じだ。

樟樹湖は、台湾嘉義縣梅山郷太和村樟樹湖に位置するのだが、標高的には標準的な高さ(1350~1650メートル)の茶園で作られる。

「瑞里金萓茶」というお茶の名前を聞いたことがあるのだが、これなどは、この樟樹湖茶にあたるらしい。深い林のある地域を開拓した茶園では、青心烏龍と金萓が作られているらしい。しかも、梅山郷農会の比賽茶の常連だという。

いままで、日本には、阿里山高山茶として入ってきたことが多かったのだが、明らかに僕が認識している阿里山とは違う味わいと香りのお茶なのだ。興味があるようなら、台湾茶藝館で良い樟樹湖を阿里山烏龍茶として扱っているので、試してみると面白いと思う。

やはりワイン同様、茶が作られた風土香(テロワール)って、あるような気がする。これがいい例ではないか。





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古壺の衝撃
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茶壺ファンなら多くの人が一度は覗くウエブサイト「壺迷」のウエブマスターにお話を伺う機会があった。

いろいろな茶壺を見せていただきながら、非常に貴重なお話をあれこれしていただいた。見せていただいた茶壺は、それぞれとても美しい表情をしていて、彼が「美術品」というのが良く理解できた。

バランス、シェイプ、そして地肌の美しさ、それぞれにおいてこれらの茶壺は、どれも今まで見てきたものよりも群を抜いてすばらしいものだった。でも、そのときには、実感として、別世界のもの。普段使って愛でている茶壺とは異次元のものとしての認識しかなかった。あくまでも遠くで見つめて、ちょっとため息をつく、そんな性格のものだったのだ。

しかし、その古壺は、そのなかに超然とした顔で存在していたのだった。

b200401201.jpgそれは「孟臣壺」。見た目はなんの変哲もない孟臣壺だった。形だけ見ているのであれば、それほど惹かれることもない、ああ典型的な「孟臣壺」だねと思っただけだっただろう。確かに形も色もいいので、最初から気にはなっていた。

しかし、手に取ったとたん、鳥肌がぶわーっと立つような感覚に襲われた。持ったときの手の馴染み方、そしてなによりもそのバランスの良さから来る軽さ。土の良さとは、こんなものをいうのだろうと思わせる手触り。

こんなものがあったんだ。僕には近来稀にみる衝撃であった。
ひとはこうして古壺に魅せられていくんだろうか。
でも、それは触れてはいけない世界。
今までどおり、ちょっと憧れて、そんなものもあるのだとため息をついているだけに留めなければ行けない世界なんだろうね。




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Tea Note
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ティーノート。書き始めてもうどのぐらいになるだろう。その時々で飲んだお茶の感想や茶殻、パッケージなどを張りつけたり、時には写真やメモ、お茶を飲んだ茶館のshopカードなどでうもれたそのティーノートは、僕のお茶遍歴そのものという様相を呈していた。

でも、ふときずくと、このところそんなティーノートのページが真っ白なまま。中国茶に飽きた?そんなことはない。ではなぜ?それは多分、自分の中での興味の対象が、「お茶を飲む」から「お茶を味わう」に変化したからではないかと思う。香りや味わいは、どうやってもノートには写し取れない。いろんな言葉を重ねても、どうしても空回りしてしまう。ならば、五感をフルに発揮して、その記憶を自分の中に留めておこう。そう思ったから。

昨年7月から仲間とはじめた品茶會。Tokyo中國茶倶楽部という名前でいろんなことをやってきた。これからもいろんなことをやっていくけど、この會の記録だけはきちんと留めておこうと思っている。それは、普段お茶を飲むときとは明らかに違う観点でお茶を飲んでいるから。

普段、お茶を楽しむときには、余計なことを考えずに、お茶と向き合ったり、友との語らいを楽しみたいと思うこの頃。





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テイスティングってよくわからない。
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数年前に台湾へ行った際に、縁あって台湾茶業改良場でテイスティングの仕方を教わったことがあった。長いこと改良場でテイスティングを教えている偉い先生に、ぶっつけ本番で、これをテイスティングしてみろといわれて、わけもわからないうちに、いくつかのお茶を飲んでみた。

テイスティングのやり方は、20gの茶葉の中から3gほど選び、専用の鑑定杯に入れ、150ccの熱湯を同時に注ぎ、約6分。その後、スプーンでかき混ぜたあと、しばらく置いて、外観、水色、香り、味わいを見るのだと、実際に作業をやりながら教わった。

一体全体、これらの評価項目についてどのような点に注目すれば良いかなんていうことも分からず、ただ蓋の香り、茶の水色、茶葉の見てくれ、スプーンですくって飲んだときの味わい、そしてスプーンに残った香り、などを本当に自分の好き嫌いで判断してみた。

その結果、なんと、東方美人以外は、先生が良いお茶といったのとほとんど同じ結果になった。僕が注目したのは、単に香りの立ち方が良い、味がよいという判断で、茶葉の見てくれは参考程度。しかも自分の中だけにある「好き・嫌い」という価値判断のみ。

で、そのときは、「なんだ、僕もやるジャン!」と思ったのだったが、他のお茶がそんな風に評価が間違っていなかったばかりに、東方美人の結果だけが納得できず、なぜ?と先生に食い下がった。

先生は呆れ顔で、「だって、このお茶には明らかに古い味がまざっているじゃないか。」とおっしゃった。「ええ?古い味?!」この東方美人のどこに古い味が混ざっているんだろう。どう考えても香りの甘さといい、味のコクといい、お茶全体のバランスは僕が選んだほうが良いじゃないか。

同行してくれた盛さんというお茶の振興の為にあちこち書けまわっている女性が、細かいニュアンスを英語で通訳してくれたのを聞いて、ちょっとびっくり。僕の選んだお茶は確かにコンクールで入賞した良いお茶なのだそうだ。でも、去年のお茶。一方、もう一つの東方美人は、今年のお茶。少しでも古さが混ざると、ティスティングでは、良い評価にはならないのだという。

個人的には、少し置いたほうが良いと思うお茶もあって(陳年茶は苦手だが)、昨年の夏のお茶と今年の夏のお茶は、保存方法さえ良ければ(東方美人のように発酵も火入れも結構強いお茶の場合は特に)そんなに違いはないと思っている。

そんな気持ちが、それから数年たった今でも僕の中に燻っていて、お茶の古い味に関してはまだ納得出来ずにいる。だから、いまやっている品茶の会でのカリキュラムには是非にでも、「お茶の古い味の認識」というのをやってみたいと思っている。

もっとも、テイスティングの結果としての品評会受賞茶の全てが、僕の嗜好とマッチするとは思えなくて、受賞茶ではないお茶にも、おいしいお茶が沢山さんあって、だから、いまでも、お茶の良し悪しは、あくまでも自分の中にある一定の基準・メジャーにしたがって選考されているわけだ。

たしかに台湾のテイスティングのやり方は、一定の合理的な判断の仕方だとは思うものの、普段飲んだ時に美味しければ良いじゃんと普段は思っている。

テイスティングのやり方で入れたお茶と、普段自分で入れるお茶の違い、つまりテイスティングのやり方だと、どこがどのように強調されるのか、デフォルメされるのか、そして古い味とはなにか、そんなことを引き続き追求してみるのも悪くない。



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お気に入りの倣古壺
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水平壷の話のところで、倣古壺が好きだと書いた。なんといっても、断然にこの形が好きだ。同じ作家のものの大きさのちがうものを1つずつ持っている。

で、実際、このところ使うのもこいつがおおい。特に鉄観音はこれ。大きいほうは、数名で飲むときに、小さいほうは一人のときに。

一番のお気に入りは、蓋から胴にかけてのシェイプ。特に、この大きな蓋のなだらかな斜面は、なんとも官能的だ。そして胴の曲線。やや上から押しつぶされたような形をしているが、このぽっちゃりとした形体が、手にとてもなじむ。

残念ながら、僕の持っているこの茶壷は、やや軽すぎる。ほんのすこし、ほんの少しだけ、重みがほしいところだ。

今日、仲の良い友人夫婦が遊びにきた。だから、この茶壷で海南省の茶荘の安渓鉄観音を淹れた。今流行の焙煎の軽い清香系の安渓鉄観音だった。友達とおいしいお茶を飲む。良い時間のすごし方だと思う。こんな時間をたくさん持ちたいものだ。




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悩みの茶則
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茶則。なんの変哲もない竹の茶道具。でも、なんとなく、ついつい手にして、手から離したくないと思ってしまう道具でもある。個人的には、2種類の茶則を愛用している。

一つはこれ。台北の茶荘で3年前に購入。なんだか、立派そうな名前が彫ってある。握ってると、とても握り心地のよい道具。たとえば長年愛用している万年筆のような、そんな感覚。

残念ながら、茶則としての機能は今ひとつ。なにしろ、茶葉がとてもすくいにくいのだ。しかし、なんか憎めない。

機能面でいうと、もう一つの竹の茶則には断然かなわない。なにしろ、もうひとつは、これでもかというぐらい、薄く削られた、まるでくつべらのような茶則なのだ。たくさんの茶葉をすくうことができ、実用一筋という感じのもの。でも、この実用に徹した潔さが心地よい。

まったく対極にあるような茶則。いつもどちらを連れて歩こうかと悩むことしきり。手際よくお茶をいれないといけないお茶会などは、実用茶則を連れて行く。一方で、まったりと、少人数の仲の良い友人とお茶を飲むときには、この茶則を。

で、今日もまた、どちらの茶則を連れて行こうかと迷っている。





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必殺蓋碗茶淹人
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中国茶を始めたばかりのころから3年ばかりは、茶壷が唯一お茶を淹れる道具だった。もちろん、茶壷も大好きで、いろいろとちょこちょこ安いものをいくつか買い揃えてはいる。

だが、茶藝のレッスンで蓋碗を使った際に開眼。これはなんとお茶の淹れやすい道具なんだろうと。そのときに使った蓋碗は、何の変哲もない白磁の蓋碗で、市販されているものよりも、やや上に伸び上がっているような形をしていた。

のちに、これは香港などで「コクチョン」と呼ばれる蓋碗であることを知った。普段上海や北京などで売られているものは、やや横に広がっていて、背が低い。これは蓋碗のままお茶を飲むには使いやすい。多分、飲むための茶杯として発展してきた形だったのだろう。

一方、「コクチョン」は、背丈が高く、潮州工夫茶の形態において、茶壷よりも手軽に使えて、洗うのがらくだという点において、頻繁に使われるようになったのだといわれている。

それだけに、このコクチョンは、お茶が淹れやすい。

蓋碗でお茶を淹れる際の、最大の難点は「熱い」こと。熱湯を使う青茶を淹れる時、磁器の蓋碗は思いのほか熱くなる。なれないと、その熱さに耐え切れず、「蓋碗って嫌い!」ということになる。さらに、蓋の閉め方を間違うと、工法から立ち上る湯気で焼けどすることになる。

しかし、これも何度も使ってなれれば、ある程度回避できるようになる。熱さは、「蓋碗を使う」という選択肢にとっては、まったくなんのデメリットにもならないのである。

蓋碗の最大のメリットは、茶葉の開き方や茶汁の色を「カンニング」できる点にある。茶壷の場合は、時間を見計らって一発勝負だが、蓋碗は、蓋で茶葉を開かせたり、蓋の裏側で、茶の色を見ることができるので、茶壷以上に、最良の状態で茶を淹れることができるわけだ。

使い慣れてくると、自分なりの持ち方というのをマスターすることになる。女持ちと呼ばれるオーソドックスなものから、男持ちと呼ばれるややがさつな持ちかた、中国茶藝師がもつやり方など、さまざま。僕の場合は、完全に女持ち。手首のひねりと、蓋碗に触れる指の面積を少なくする押さえかたは、完全に独学。

こんな蓋碗ばかり使っているので、普段も、ついつい蓋碗が便利ということになり、茶壷は週末の楽しみに成り下がってしまう傾向が強い。

それでも、いつか「必殺蓋碗茶淹人」と呼ばれるような、蓋碗の達人になりたいものだ。




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初恋のようなお茶
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鳳凰単叢。広東省の青茶。初めて飲んだときには、桃の香り!とおもった。名前は単なる「鳳凰単叢」だった。たしか、横浜の伍福寿のお茶だった。もう8年前のこと。

5年ほど前に、蜜蘭香にであった。これはなんだ?と思った。青茶が、こんなに香り深くて味わいがあるお茶だとは知らなかった。いったいこの熟したライチのような香りはどこから来るのだろうと思った。

その蜜蘭香単叢は、いわゆる原木系の宋種蜜蘭香で、とある交易会の主催者である政府高官に送られた5缶のうちの一つだった。市販はされないという。こういうお茶が世の中には存在するのだと初めて知った。

特別の人にだけ飲まれる特別のお茶。多分もう再び出会えることもない、そんなお茶。記憶にとどめて、時々思い返す、なんとなく初恋のようなお茶。

そんなお茶があってもいいかもしれない。普段は普段の自分に見合ったお茶をただただ普段においしいと楽しむなかで、時々ふと、立ち止まって、ああ、あのときのお茶はおいしかったなあと、思い返す。

宋種蜜蘭香は、僕にとってそんなお茶だ。






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白牡丹とチョコレートケーキ
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お菓子と中国茶のマリアージュは、思いのほか難しい。基本は、濃い味のお菓子には、濃い味のお茶、薄い味のお菓子には、薄い味のお菓子だと思っている。たとえば岩茶。これは基本的にはなんにでもあうが、チョコレート系のお菓子にもマッチする。

▼濃い目の味
 金つばと焙煎の強めの安渓鉄観音。
 シナモンの利いたアップルパイに木柵鉄観音。
 かりんとうと鳳凰単叢。

▼薄めの味
 和菓子と高山茶
 瓜子と龍井
 
がしかし、こんなマリアージュの中でも、異色の組み合わせがある。それは「白茶とチョコレート系のお菓子」。これは誰がなんといっても、最高のマリアージュだと、内心でいつも思っている。

特に、白牡丹。こいつの上等なものは、本当にしっとりとしたチョコレートケーキとの相性が抜群だ。ミュゼドゥショコラ・テオブロマのサンフォアキンと是非あわせたい。





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茶壷の入浴
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潮州式の工夫茶の入れ方。
最近の茶藝からすると、結構がさつで、手際も荒い。茶壷もきちんと養壷しようというのではなくて、ほうっておけば、そのまま自然に養われるというのを基本としているような手法。でも、そんな淹れ方って、結構好きだ。

とくに、茶船の中に茶壷をおいて、上から湯をジャブジャブを注ぐやり方。その結果、茶船のなかで、茶壷は入浴することになる。

丁寧に養壷しようとすると、嫌われるこんなやり方。入浴させるときの湯の線が、茶壷に付くのを嫌がる人が多いからだ。でも、茶壷なんて使って何ぼ。使われない茶壷なんて、僕には価値があるとは思えない。使われるために生まれてきたものは、使われるべきではないか。

そんな茶壷をしっかりと使う方法としての、潮州式工夫茶。じっくりと[火共]焙された鉄観音をこんなやり方でひがな一日飲んでいたいものだ。



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工芸茶はおいしいか?
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工芸茶、一昨年からたびたび飲む機会に恵まれている。
僕が景品にだして、中国茶ビンゴで茶さるさんがGETしたいくつかの工芸茶は、比較的オーソドックスなもの。

ものすごく甘い香り。
むせ返るくらいの甘い香りって・・・ちょっと想像できないくらいにあまい香り。


茶猿さんが日記に書いている「白蘭花牡丹」だけは、ビンゴ賞品の工芸茶の中でちょっと異色だ。黄山の工芸茶は、基本的には花の香りをつけていないものが多いのだが、あの白蘭花牡丹だけは、まるで福建省の工芸茶のように香り付けされているのだ。しかし、上品に香りつけされているので、緑茶の味わいもそのまま楽しめる上等なお茶ではある。

個人的には、工芸茶は、香り付けして味でごまかしてはいけないと思っている。やはり見た目だけではなく、その茶葉の質で勝負すべきなのである。当然良い茶葉を使うと、きれいな茶葉が多いから見た目もきれいになる。しかし見てくれにだまされるだけでは、ぜんぜん工芸茶はおもしろくない。

「きれい+うまい」で勝負している工芸茶こそ、本来あるべき工芸茶だ。見た目はきれいなんだけどなあというようなものは、買わなくてよろしい。きれいだけど、おいしいね!というお茶こそ、購入すべき工芸茶のである。

工芸茶なんておいしくないから買わないよという人は、本当の工芸茶を飲んだことがないのだときっぱりと言わせてもらう。工芸茶はおいしいのだ!

なぜなら、工芸茶作りは職人技だ。熟練の技。良い茶葉をきれいに束ね、おいしく仕上げるのは匠の技が要求される。そんな匠の作ったお茶がおいしくないわけがない。

だが残念なことにべらぼうに値段が高い。中国の労働価値が安いといっても、それなりのおいしい工芸茶は高い。値段が高いのは仕方がない。匠の技だ。それは日本でも同じことだろう。



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お茶の花
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お茶の花を初めて見たのは、どこでだっただろう。
我が家の付近には残念ながらお茶畑はない。車で圏央道を使って1時間ほど飛ばすと、そこはお茶所入間。いわゆる狭山茶の産地。そこに行くと、冬に白いお茶の花を見ることができる。

お茶はカメリアシネンシス。つまりカメリアだからツバキとおんなじ。したがって、花は冬に咲く。観賞用のツバキのように華やかではないが、小さな白い花は、その真ん中にツバキとまるでおんなじみてくれの「おしべ」と「めしべ」を発見できる。

白と黄色のそのコントラストは、なんとも見るものの心をほっとさせてくれる。常緑の葉と白い花。その組み合わせは、何気ない垣根などにあって、本来のもののような気がしてしまう。

そんな垣根の茶の葉は、京都の建仁寺にある。
祇園の喧騒をちょっと入った、そこだけ静寂に囲まれた伽藍の生垣に、白い花をつけているのだ。

冬の昼下がりに、建仁寺を一人散策しながら、これらの花をめでていると、ここを通り過ぎる人は残念ながらそんな花にめもくれていなかった。多分、そこにあって当たり前の日常のものとして茶の花があるからなのだろう。

こんなとき、ちょこっと、僕は、観光客と同じ目をしているのかもしれない。
が、お茶の花は、茶好きになっていらい、ついつい、目を向けてしまうのだ。

名古屋にある紅茶専門店リンアンの主人、掘田さんが雲南省を旅したときの写真を見せてもらったことがあったが、その中でもっとも目を惹いたのは、大きな雲南大葉種の茶葉の横にちょこんと咲いている茶の花だった。あんなに大きな茶葉を持つ茶の木の花が、思いのほか小さくて、とても印象に残っていた。

こんど、ちゃんと茶の実を育てて、是非自分の茶の樹に花をつけさせてみたいものだ。




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聞香杯2
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聞香杯を頻繁に使っていた6~7年前、聞香杯を作った人は、めちゃくちゃすごい人だと思っていた。きっと、この人は、茶杯の残香だけでは満足できずに、どうしたら、この刻々と変わっていく香りをいつも感じていられるのだろうかと真剣にかんがえていたんだろうなあと思っていた。

たしかに、こんな香りだけのために一つの器をつくってしまうなんて、すごい発想だと思う。これだけ香りのことを思った人がいるのに、香りの表現のなんと貧弱なこと・・・。
(もっとも、聞香杯の誕生の由来はもっと現実的なものだったらしいが、そんなことはどうでもいいか。)


いずれにせよ、聞香杯は使わないけど、その存在は案外嫌いじゃない。こうして、手持ちの(実はあと8本ぐらい持っている)聞香杯をならべてみると、その表情は、とてもかわいい。まっすぐに筒状になっているのも、なんだか潔くてよいとは思うけど、一生懸命香りを閉じ込めようと、真ん丸く口をすぼめている奴など、なんだか手の平の中でころころと転がしていたいなあと思ってしまう。

そのあたりに転がしてある茶杯もこうやってたまに取り出して眺めてやると、案外いい顔してるんだな。



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水平壷が好きじゃない理由
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茶壷の基本形といわれる「水平壷」でありがら、僕はこれを1つしか持っていない。しかも、今はほとんど使っていない。

嘴、口、取っ手が一直線になっている、デザイン的には非常にバランスの良い茶壷なのだが、感覚的にあまりにもストレートに突き出した嘴が好きではない。

中国茶の基本として、やはり水平壷の使い心地は自分で経験し無ければいけないと、7年前に購入したのだが、この形好きではないなあと思ったとたん、愛すべき道具にはならなくなってしまったのだった。

たしかに、直線である嘴からは、非常にお茶が注ぎやすい。出来の良いものは、たしかに養壷もしやすいように思える。

がしかし、やはりこの形は好きではない。これはもう、ごめんなさいというしかない。もちろん人様が使っているものをけなすつもりもないし、良いものは良いとはおもうが、僕の琴線には触れなかったということ。

一方で、僕の琴線に触れた茶壷の形は、「倣古壺」。

なぜか、これをみると、ついつい欲しくなってしまう。ただ、倣古壺の小壷の良いものは余り目にする機会がなく、海風號にある顧景舟のものも、しっかりと大きなもので、普段お茶を淹れて飲むには全く使えない。

それでも、最近若手作家のなかに、小さな倣古壺を作る人もいるので(人気も高い!)、みかけて気に入った場合は、入手するようにしている。

こんど、茶壷のメガサイトを開設している壷迷さんにおあいするので、彼のサイトの倣古壺について、いろいろと教えてもらおうとおもっている。とても楽しみだ!






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ポーレイ茶
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香港で中国茶に嵌った僕としては、普シ耳茶は「プーアール」ではなく「ポーレイ」なのだが、日本では最近プーアールという呼び方がすっかり主流になってしまった。香港の樂茶軒の葉さんも「やはりプーアールと呼ぶべきです。」とおっしゃっていた。解かる気はする。だけど、どうしても生理的というか感覚的にはポーレイと呼ぶ方が確実にしっくりするんだよね。

なんとなく呼び方がちがうと、味まで違ってくるような気がする。決してそんなことはないのだけど。香港の町の中にいると、やはり広東語の響きがとても新鮮で、だから黒茶に初めて出会った香港の読み方に敬意を表したい。

それにしても、初めて買ったポーレイは、中華系百貨店の裕華國貨のお茶売り場。数枚の餅茶が無造作に積み重ねられていて、一枚100香港ドル(1香港ドル=13.7円として1370円)だった。なんて安いお茶だったのだろう。そのせいか、なんともまったりと黴臭いお茶だった。

しかし、ポーレイ茶は、おいしいお茶だったのだ。しかも、僕の好きなポーレイは緑茶に近い味がした。雲南省の緑茶は、非常に柑橘系の香りがするものが多いのだが、そんな味わいがしっかりと残ったまま、茶のタンニン分が自然に枯れていて、丸みのあるお茶になっていた。これがあの100香港ドルと同じお茶なのだろうか?もちろん違うのだけど、こんなお茶もあるんだなあと、ますます中国茶に嵌るきっかけを作ったのが、このお茶だった。

どうして、飲茶の時のポーレイとこんなに違いのあるお茶が存在しているだろう?なぜ同じ名前なのだろう?どうして、こんなにかび臭いお茶を作ろうとしたんだろう?疑問は尽きない。

そもそも、中国は、ポーレイの作り方をひた隠しに隠してきた歴史がある。それは、おそらくこの黴臭いお茶を作るために隠された秘密があるのだろう。でも、なぜ、こんなにおいしい緑茶の味わいのあるお茶を作ろうとしなかったのだろう。明らかにマーケッティングの失敗なんではないか。

生茶として最近では知られるこの緑茶の味わいのあるポーレイ。年代物になると、入手が困難。入手困難になると欲しくなるのが人間の悪い習性。自分では購入できないので、講習会などで「○○年物の普シ耳茶」というのを信じて飲むのだけれど、いまだ、55年ものとして披露されたこのお茶以上のおいしいポーレイを僕は知らない。



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清代の染付け
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のうとみさんのBlogで清代の染付けの茶杯の話がある。
そこには、こう表現されている。

この茶杯の、なんとなくいい加減なムードとか、持った時の感じが俺の手に合う大きさとかが凄く好きだから、まあ、何でもいいかと。
古いものは、流れ着いて手に入るような感じのものが好きだ。
この茶杯みたいに。

言い得て妙とは、このこと。まったく同じことを僕も思ってた。

同じように海風號の設楽さんから頂戴した茶杯のセット。
あまり骨董とかにはこだわらないのだが、沈没船ものという由来のあるものが流れて手元に転がり込んできたという感じだ。しかも、微妙に大きさがいびつで、そろっていない。

それでも、妙に口あたりが良くて、ついついちょっとおめかししたお茶を飲むときに使ってしまったりする。

茶杯に興味があるのは、どんな茶杯だとおいしくお茶が飲めるかということに興味があるからかもしれない。で、こんな古い茶杯が、それだけでお茶をおいしくするわけはないのだが、感覚的なことなのだろうか、なんとなく、古い時代を経たということが、お茶をちょっと大切に飲もうかなという気持ちにさせるから不思議だ。




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聞香杯
b200401061.jpg聞香杯をはじめて使ったのは、もう8年ほど前。
青山にあったプロバ茶芸館というジュディーオングさんがやっていたお店。

初めて体験した時には、なんで2つも茶杯があるのだ?ととても奇妙に感じたものだった。
「こちらの茶杯は、香りを嗅ぐだけのためのものですので、こうして、お茶を注いだら、そのまま、別の飲むための杯にお茶を移して頂いて、じっくりと香りの変化をお楽しみください。」と、非常に丁寧に説明を受けて、実際に香りを嗅いだ。

空気に触れるとその香りが刻一刻と変化していくのが分かる。なんともいえない香りのコクがどんどん深くなっていって、まるで黒砂糖?と感じるような、そんな濃厚な香りが脳に直接伝わってくるような感じだった。

香りは揮発性物質。高温であるほうが、香りが立つはず。にも関わらず、茶杯の温度が低くなるに連れ、空気にさらされる香りはその濃さを増していく。特に甘味。いつまでも聞香杯を放したくないような・・・。

このときに飲んだのは、凍頂烏龍茶だった。やや焙煎のつよくかけてあるもの。焙煎の香りとお茶本来の香りが混ざったときに、このようにすばらしい香りが立つのだということも、このときに教わった。

それから数年間、聞香杯を使ってきたけれど、あるとき端と気がついた。別に聞香杯がなくともいいんではないか?それよりも、聞香杯にかまけている間にどんどんさめてしまう茶がもったいない。香りは、茶を飲んだ後に楽しめばいいのだから・・・と。それ以来、自宅でお茶を飲む際には、僕はほとんど聞香杯は使わなくなってしまった。

ただ、出きるだけ高さのある茶杯を使うけれど。
でも、香りのマジックってすごいといまだにおもう。僕がお茶にこれだけのめりこんだのも、きっかけは茶の香りだったのだから。



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茶請けにパンはあうか?
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All About [中国茶]の日記にも書いたように、今日のランチはパン。
しかも黒豆パン。
焼きたてのパンは、なにもつけずにむしゃむしゃと食べられてしまうが、
黒豆がやや甘い。

この甘さなら、お茶請けにもなるか。
でも、焙煎の強めの台湾茶が良いかもしれない。

パン自体は、小麦とミルク。
必然的に紅茶があうということになるのだろう。

がしかし、紅茶も緒戦は烏龍茶からの派生製品。
焙煎の強めの烏龍茶は、紅茶にも相通じるところはあるような気がする。

が、焙煎と発酵度が比較的強くないとだめだろう。
乳製品と茶をあわせたことがあるが、ラプサンや岩茶以外はまったくだめだった。

お茶とのマリアージュって、案外難しい。



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梨山高山茶
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竹里館にいった。
新年初茶館。

飲んだのは、梨山高山茶。
基本的には、清香系のお茶なのだが、微妙な焙煎がかかっていた。
暮れに、Formosa Tea Connectionの梨山茶セットを購入したので、家に帰って飲んでみようと思う。
茶館で飲むには、比較的まともなお茶だと思った。

ここの魅力は、お茶だけではなく、やはりお菓子。
今回は、黒糖とバナナのケーキにしたが、新年ということもあって、いつものお菓子の盛り合わせも。

店長の作るかぼちゃのプリンは絶品。




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