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中国茶、紅茶、日本茶、お茶のことをあれこれと。
安渓鉄観音の品茶
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この方この方など、TCCのいつものメンバーで安渓鉄観音をいくつか品茶した。品茶は小さめの白磁の蓋碗に、およそ7グラムの茶葉を入れて、熱湯を注ぐ。蒸らし時間は案外いいかげんで、目安。最初はお腹になにも入れていない状態だったので、比較的軽めに。でも、みな、結構ハードだったよう。

同じ感覚の茶をいくつも飲み比べると、結局自分の好みであるのか無いのかでそのお茶を選別してしまいそうになってしまう自分に気づく。僕の場合、茶を商っているわけではないので、品茶の目的は自ずとそれらの茶の比較になる。似たようなお茶を比較することによって、それぞれの違いがどこにあるのか、それを自分が好むか好まないか、そして、このような違いは価格と比例しているのか、そもそも一体どこに原因があるのかというようなことを「感じる」のが目的になる。

お茶は楽しまないといけない。でも、その楽しみ方にはさまざまなバリエーションがあって、人それぞれだろう。僕にとっては、こんな品茶も、非常に楽しいお茶の楽しみ方の一つである。

b200403042.jpg普段のほっこりとした癒し系のお茶の飲み方とは対極的にあるような品茶は、普段は気がつかなかったり、取り逃してしまっているようなお茶の表情を教えてくれたりする。その表情も様々な条件で変化する。

今回品茶した安渓鉄観音のうち、多く提供してくれた愛里さんによると、福建省安渓の「鉄観音種」と呼ばれる茶は、13の品種が存在するらしい。

13種類もの品種をプアーな舌で比べられるとは思わないけれど、似たような茶葉が如何してこれだけ違う表情をするのかを探る手がかりになるとおもしろいと思う。

結局、品茶した結論として「あのお茶が一番おいしかったね」ということになったのだとしても、一番美味しかったと思ったのが何でかを知ることに、こんな品茶の意義が有るのかもしれない。まあ、言ってみればある種の知的好奇心を満たすためのお遊びなのかもしれない。で、その「一番おいしかったお茶」を、こんどは、じっくりとのんびりと、それだけで飲んでみたいと思うのだ。

今回の品茶で一番思ったのは、「火入れの重要性」。飲んだお茶のほとんどは、安渓の現地では完成品とされているものだ。でも、長年香港の安渓鉄観音に親しんだ僕たちの認識としては、完成品ではないのかもしれない。なぜならば、茶を商う人たちが自らの手で火を入れて味を作る工程って、とても重要だと思うから。

今回のお茶は、たとえば台湾でいうところの生茶にあたる。なかには、茶荘に出荷する段階の毛茶(荒茶)とも思えるような青い安渓鉄観音もみうけられる。しかし、愛里さんによると、たしかに台湾の影響で仕上げが軽くなっているけれど、それはそれとして、安渓ではこれがきちんと火入れをした商品として完成した安渓鉄観音なのだという。だとしたら、その完成品であるところの安渓のお茶を仕入れ、さらにそれを加工して販売する香港の茶荘の技は、なんとすごいのだろう。

香港式鉄観音では、これらをいかに商品としての「ホッとする」お茶に仕上げるかが重要となる。これはひとえに茶荘の老師の腕にかかっているとさえいえる。

もちろん、最後に飲んだ賽茶王などのクラスのお茶は、それで完成品と見るべきなのだろうが、青すぎる安渓鉄観音は、火が入ったほうが、なんだか飲みやすいような気がするのだ。青い安渓鉄観音が好きな僕としては、なんだか奇妙な発見だった。




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