中国茶、紅茶、日本茶、お茶のことをあれこれと。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



にほんブログ村 グルメブログ 中国茶・台湾茶へ
にほんブログ村
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
蓋碗の謎
b20040220.jpg

蓋碗がこの世に誕生したのは何時ごろの頃なのだろうか。そもそも、この器は、はじめからお茶用に作られたものだったのだろうか。

四川省の茶館あたりでは、「蓋碗茶」というのが一般的で、昔から飲まれていたようなことが言われている。それに、もともと蓋碗は、清代では貴族がそのまま飲む茶器として利用されていたと言われている。

この蓋碗だが、基本的にはいわゆる白磁が使われている。

白磁といえば=景徳鎮といわれるほど、景徳鎮は有名な陶磁器産地。もともと、原料のカオリンが豊富に産出したため、唐時代の末から発展したこの地は、その後大窯業地へと変貌していったわけである。

もちろん、白磁は景徳鎮だけの特許ではなく、歴史的には、青磁から枝分かれして北斉初年には始められていたといわれている。(ただし、唐代の茶器としては、陸羽が茶経で「越州の瓷、岳州の瓷は皆青く、青ければ則ち茶に益す」と書いているように、青磁がメインだったようだ。)さらに耀州窯(ようしゅうよう)や定窯(ていよう)、鞏県窯(きょうけんよう)などが出現し、 そして各産地に拡散していくことになったらしい。

蓋碗が使われるようになる背景には、飲茶の様式の変化があったわけで、陸羽の時代の煮茶から宋代の抹茶、そして明代になって散茶が奨励されたために、泡茶法が生まれてくることになるわけだが、このような飲み方が生まれて、初めて蓋碗のような茶器も誕生したのではないかと思われる。

ただ、個人的にどうしても納得できないのが、散茶が明代になって初めて出現したわけではなく、むしろ、抹茶などに比べてプリミティブな製茶法である散茶は、もっと昔からあったはずで、ならば、それに見合った茶器もあったのではないのだろうか。

とくに庶民のお茶は、貴族の茶とちがって、散茶であった可能性が高く、そのための茶器もまた違うものだったのではないか。もっとも、だからといって、それが蓋碗を生む動機にはなってはいないかも知れない。なにしろ、今だに行き続けている、茶葉をコップに入れて湯を注ぐ方式、これがなんといっても手軽だから。

ならば、やはり蓋碗は明代以降に生まれた茶器なのだろうか・・・。








にほんブログ村 グルメブログ 中国茶・台湾茶へ
にほんブログ村
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック

  

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。