中国茶、紅茶、日本茶、お茶のことをあれこれと。
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秘密の種
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福建省で岩茶を探ったcoyoteの特集が、今度は京都で日本茶の起源を探った。

僕の興味をそのまま写し取るような駒沢の文章は、やはり駒沢流の鋭い視点でお茶の来た道、ティーロードを追いかけてくれている。

おそらく茶の勉強をしている人にも、これだけティーロードについて簡潔に取りまとめつつ、しかし丁寧に解説できる人間はそうそう多くないだろう。

もちろん、異論もある。

栄西が持ち帰った製茶法は、当時の宋代の茶つくりとは異なったものだった。彼が持ち帰ったのは当時の宋代で主流だった抹茶方でもなく、一部の農民が楽しんでいた散茶法でもない、独特の仏教文化に根ざしたお茶であった。

当時宋代の餅茶の多くは茶のエキスをぎゅっと凝縮して固めたもの。それを崩しても湯を注いでも散茶法にはならない。

多くの労力を要した飲料法が寺院で行われていたわけもなく、だからこそ、彼が持ち帰ったいわゆる抹茶法は、いま現在まで日本にのこる散茶法と抹茶法の合体バージョンのようなものだったはずなのだ。

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それでも、こうして日本に茶の木が根付き、毎日美味しいお茶を飲むことが出来る幸せは、栄西の努力によるところが大きいのだから、彼に感謝しなければならないのだろう。

そして、宇治に茶を根付かせて、茶業の今本を気づいた人たちにも、もちろん大いに感謝しなければならない。

こういうアンソロジー風の彼のティーロードの文章を読みながら、これをもっと大規模にやるのが、僕のいわゆるワイフワークなんだよなあと再認識したりして。

もちろん、駒沢のような文章は、僕には絶対にかけるわけないのだが。


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